ストレス。

こんにちは。

FUMIFUMIです。

 

今日は。。。

そうだ!主人の車を、今日で二回目の運転をしました。

車高が低い車が苦手なので、超緊張して運転しました。

ハンドルを十時十分でギチギチに握りながらの運転。

13時~15時までの運転。

何とか、家まで辿り着きました。

超緊張したらしく、16時くらいに急に眠気が・・・

気持ちよく寝れました。

ある程度のストレスって、大切なんですね。

これだけは信じて。

こんばんわ。

FUMIFUMIです。

 

ちょっと前??の話です。

マジでこれを考えたました。

死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい

 

死んだら楽になるかわからないけど、もう生きたくないという思いが強かった時がありました。

でも、人間ってそんなに簡単に死ねるもんじゃないらしい。

癌とか自分から望まい死に関して、生きたいのに・・・。

こういう人たちに対しては申し訳ない感じですが。本当に申し訳ない。

でも実際死ねなかった。

生き残ってしまった。

だったら、何をしたらいい??

何ができる??

わからん。

でも、生きてるってことは、こういう状態人を一人でも分かち合える手段としてこれを書いてます。

生きて。生きて。生きてるだけで素晴らしい。

何もできなくて苦しんだり、悩んでる人もいると思う。

でも、生きて。

生きるってことは素晴らしい事なんだ。

それだけは信じて。

やっと病院の予約が取れた話をする前に・・・(続)

こんにちは。

FUMIFUMIです。

今回もご覧になってくださって、ありがとうございます!

 

久々に散歩に出かけたら、つくしを発見しました。

日頃の移動と言えば、車移動が大半なので、こういう発見って貴重なんです。

人と会うのが怖いので、ほぼ下を向いて歩いていたのですが、下を向いて歩いていても、良いことがあるんですね。

 

でわ。本題の話をしましょう。

今回は、私の娘についてと、その時の私についてを話していきます。

私には、今年高校を卒業した娘がいます。

高校3年生の春、ちょっとずつ学校を休むようになりました。もともと頭痛もちだったので、鎮痛剤を飲んで一日経てば復活してました。しかし、だいぶ休みがちになり、ここまで続くと何かの病気なのではないかと不安になり、病院に行ったのですが、異常なし。原因がわからないまま月日が経ち、高校3年生の夏休み前に、担任の先生から電話が来ました。

  「〇〇さん(娘の名前)、トイレで、泣いてたんですが・・・」

一瞬理解ができなくて、頭が真っ白になりました。

  「本人は、意味が分からず涙が出てきたと言ってました。」

  「学校でいじめられていたり、嫌がらせは受けてないと言ってました。」

  「何か心当たりありますか?」

と聞かれました。もともと娘は学校であったことを自ら話すタイプではなく、こっちが質問すれば答えるし、何か問題があった時はに話してくれました。

家に戻ってから二人で話をしようと、夕食後、娘の部屋に行き、担任の先生から連絡がきたことを説明し、何でもいいから話してほしいと言いました。しかし、

  「何で泣いたのか、自分でもよくわからない」

という答えが返ってきました。いろいろと難しい時期なので、あまり根掘り葉掘り聞かず、何かあったら話してねくらいで話は終わりました。

それから数日間は普通に登校していたのですが、ある日の朝、家を出る時間になっても部屋から娘が出てこなかったんです。様子を見に行くと、ベットの上で声を殺して泣いていました。私の声と姿がわかると、娘は大声で泣き始めました。私は何をしたらいいのか分からず、とりあえず娘が泣き終わるまで背中をさすってました。その日は学校を休んで、私も仕事を休み、娘の様子を伺っていました。たまに部屋に様子を見に行くと、廃人のような顔でベットに寝ている娘がいました。声をかけるのも躊躇してしまうくらいでした・・・

それから、だんだん学校に行けなくなって、夏休みの講習にも数回出席したのかな?夏休み明けに一週間は登校できたのですが、それ以降完璧に学校に行けなくなりました。毎朝泣いているか、廃人のように寝ているかでした。こうも理由もわからず毎日泣かれたり、不機嫌な顔を見たりしていると、さすがにこっちも限界が来ますよね。もう、心配より怒りの方が増してきてしまって、でも娘には当たれないので、家にあるクッションというクッションを思いっきり床に投げつけました。何度も何度も投げつけて、でも全然治まらなくて、通勤時、車のスピーカーが割れるんじゃないかと思うくらいの大音量で運転してました。(ルール上、やってはいけない行為なんですが。すみません)会社に行けば、その当時、ありがたいほど忙しかったので、気は紛れてました。思い出すと腹が立つので。

そんなある日、担任の先生からのアドバイスで、スクールカウンセラーを受けてみては?というお話をいただき、すぐ予約を取ってもらうようにお願いしたのですが、娘のように悩める子が沢山いて、やっととってもらえたのは2週間後でした。娘もカウンセリングを受けることを承諾してくれたので、当日二人でカウンセリングを受けました。

カウンセリングで分かったことは、3年生になった途端、3年生全体がこの学校特有の大学受験モードに入って、娘はそのモードになかなか切り替えられず、置いて行かれていると感じたそうです。学校以外でも、高校に入った時から、大学受験のプレッシャーは、かなり掛けられていたので(親戚等々)、相当参っていたと思います。私ができる限りで守ってはいたのですが、守り切れなかったようです。

それと、女の子の特有の周期が重なって、どんどん悪いほうへ転がって行ってしまったのが原因の一つだったそうです。原因が分かったので、これで娘も復活できると期待したのですが、一向に良くならず、そのまま学校に行けなくなりました。いわゆる、

  「不登校

というやつです。

私はそれをなかなか受け入れられませんでした。まさかうちの子が・・・と毎日苦しみました。相談する相手もいないし、っていうか、こんなこと相談したくないし。

親として何をしてあげるのが正解なのか、娘にとって良い事なのか、手探り状態で色々試しました。その結果、婦人科に行って薬をもらうのと、精神科に通院して薬をもらうのが一番娘にはあっていたようです。ありがたく、どちらの先生も女性の方で、とても話しやすく、威圧的な態度ではないので、娘にあっていたんだと思います。

一難去ってまた一難。今度は高校を卒業するための単位の問題が浮上してきました。学校に行けないのにどうやって・・・と思いましたが、一日中授業をうけるわけではなく、その足りない教科の時間だけ学校に行くということでした。

初めのころは、一緒に学校へ行き、事務室で挨拶をし、保健室に連れていき、授業がおかっわたら一緒に帰るの繰り返しでした。娘は自分の教室に行くのが怖かったようで、最初のころは泣きながら帰ってきたりしてましたが、担当の先生方がいろいろ工夫してくださって、何とか教室で授業を受けられるようにしてくれました。本当にありがたい限りです。徐々に慣れてきて、車での送り迎えは変わらないのですが、一人で学校へ入れるようになりました。それでなんとか単位を取得し、高校を卒業できました。

残念ながら卒業式には参加できなかったのですが、卒業式終了後、学校へ行き、無事娘は卒業証書をもらえました。その時、学年主任の先生が、娘のためだけに卒業証書を読み上げてくださり、感動と先生方への感謝の気持ちでいっぱいでした。

 

現在の娘はというと、治療を続けながら一生懸命生きてます。他の親や親戚、主人からすれば、「甘やかしすぎ」と思われるかもしれませんが、生きてるだけで十分です。

今は、一緒に笑ったり、一緒に買い物行ったり、夕ご飯作ってくれたり、そんなことを娘とやれるだけで幸せです。主人がいると部屋籠りがちですが、私と二人の時はリビングのソファーで過ごすことが多くなっているような気がします。別に何をするわけではなく、お互いがお互いのやりたいことをやっているだけなのですが、同じ空間にいるってだけで幸せです。

 

以上、私の娘についてと、その時の私についてでした。

次回は、やっと病院の予約が取れた話をしましょう。

 

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。

次回も読んでいただけるとうれしいです。

やっと病院の予約が取れた話をする前に・・・

こんにちは。

FUMIFUMIです。

 

FUMIFUMIは、最近、ある漫画にハマってます。

漫画にハマるなんて、かな~り久しぶり。

で、その単行本を買いに行ったら、単行本が見つからない!かなり久々に漫画本のコーナーに行ったので、何がどこにあるかもわからず、隅から隅まで探して、

「やっと見つかったーーーーー!!!!」

と思ったら、1冊だけ・・・しかも第3巻・・・

でも、ここまで探してこれしかないってことは、この3巻とも、もう会えないかもしれないと思って、速攻購入!人気なんやねぇ~・・・

話の内容は、アニメで大体把握してるから、3巻だけでも楽しみました。

全巻コンプリートするまで、がんばるぞ!グーパンで!!

 

 

でわ、やっと病院の予約が取れた話を話をしましょう。

・・・とその前に。

主人の話と、その当時の私の話をしたいと思います。

ちょっと時間を遡りまして、コロナが流行する前くらいに、主人が「うつ病」と判断されました。でも、見た目は至って元気で、ハッキリ言って「なんでだろう?」と思っていました。「会社に行くのが辛い」とは言ってましたけど。

そして、療養期間がはじまりました。

主人は、独身の頃、よく車で一人旅をしていたので、「気分転換に一人旅でもしたら?」と主人に提案したら、楽しそうに一人旅に出かけていきました。

今思えば、これが症状を悪化する原因の一つだったように思います。

主人に良かれと思って提案した一人旅でしたが、孤独感を増してしまったようです。

悪化してからは、午前中は寝てて、昼起きて私が作っておいたお弁当食べて昼寝して、夕方に起きる、という感じの日常を送っていました。

 

私の方はというと、主人の症状が悪化したタイミングとほぼ同時くらいに、会社の体制が変わり、そのタイミングで退職した上司の仕事を全部任され、本当に目まぐるしい日々でした。

それまでは、私の力量にあった仕事をしていたので、余裕はあったのですが、あの当時は、本当に余裕がなかったです。出勤して気が付いた夕方何てもこともザラでした。残業は毎日だし。でも、家で夕ご飯を待っている主人がいるので、そんなに遅くまで残業できないので、仕事はたまる一方。

なんとか仕事を切り上げて、家に帰った途端に、「お腹減ったんだけど。ご飯まだ?」という声が主人から発せられます。「はい。まだです。今帰ってきたばかりですけど?」と心では怒りながら、「急いで作るから晩酌してて」と言って時間稼ぎ。

いつもより帰りが遅いと「残業するなんて段取り悪いんじゃないの?残業何て仕事ができないやつがやることだよ」と言われることもありました。「ほう。じゃ毎日遅くまで残業していたあなたに、その言葉、そのまんまお返しします」と心でツッコミを入れたこともありました。

家に仕事も持ち帰ると、嫌みを言われるので家での仕事はできないし。夜中こっそり起きてやろうとすると、なぜか勘づいて起きてくるんです。不思議でしょ?

 

何を言われても、最後は、「本当はこんな人じゃないと分かっているし、病気だから」と自分に言い聞かせてました。朝からフルスロット働いてましたね、あの時期は。

 

子供の学校関連、進路関連、PTA関連、町内会関連、親戚づきあい、近所づきあい、全部私一人でやって、なるべく主人の負担にならないようにしてました。特に病気のことを親戚や近所に知られないようにするのは必死でした。たまたま、コロナが流行して人との関りが薄かったのが救いでした。

この当時の私は、プライドと気力だけで、この量のことを成し遂げていたような気がします。

 

今現在の主人はと言いうと、通院しながら職場復帰してます。仕事を内容を変えてもらって、仕事の量なども調整していただいて、たまに休んだりしてますが、仕事に行けています。完治はできないけど、病気と上手に付き合っているようです。

 

以上、主人の話と、その当時の私の話でした。

次回は、やっと病院の予約が取れた話をする前に・・・(続)の話をしようと思います。

 

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。

次回も読んでいただけるとうれしいです。

どん底だった時の話をしましょう。

こんにちは。

FUMIFUMIです。

 

FUMIFUMIは、今年花粉症デビューしたと周りから言われますが、気のせいにして、あまり考えないようにしてます。ゴミ箱にたまるティッシュの量を見ればわかるんですけどね・・・

病は気から。気にしない~、気にしない~。

 

でわ、昨日の続きをつらつら~と書きていきます。

どん底だった時期の話をしましょう。

(病院が見つかる前の話です。)

辛くて怖かったことがいくつかありました。

その一つに、得体のしれない何かに狙われてる、漠然とした物凄い不安に駆られたりすることがありました。いろんなことに対しての焦りがあったんだと思います。

あと、夢。毎日毎日、何かに追われているとか、空から落ちる夢とか、仕事ができなくて焦る夢などなど、とにかく怖い夢ばかりみてました。その度に、ガバッと起き上がり、それが夜明けまで続きました。こんな日が続くと、だんだん寝れなくなって、

  このまま、死ぬんじゃないか。

  このまま、いなくなりたい。

  いっその事、このままいなくなった方が楽になるのかな。

そんなことばかりが頭に浮かびます。

 

そんな言葉を流したくて、夜にお風呂に入ってしまったのが、一番最悪。

恐怖、不安、恐怖、不安・・・エンドレスで襲ってきました。

未だに、夜遅くにお風呂に入ると、こういう発作が起きる時があります。

 

気持ちの行き場がなくて、物に当たりまくって、次の日アザだらけっていう日もしばしばありました。もともと、完璧主義で短気な性格なので、その時は、何もできない自分に腹が立って仕方なかったんだと思います。

 

・・・で、やっと病院の予約が取れた話は、次回お話ししましょう。

 

今現在、自分のような不安や恐怖感に駆られている方、本当に怖いですよね。

そして、色んな言葉が頭を過ることでしょう。

  「何で自分がこんな目に合わないといけないんだ・・・!?」

  「何で自分だけこんなに苦しまなきゃいけないんだ・・・!?」

  「何で今までやれたことが、できないんだ・・・!?」

  「何で周りの人は幸せそうなのに、自分はこんな苦しい思いをしてるんだ・・・?」

  「自分、何悪いことした・・・!?」

  「頑張って働いて家族も大事にして、何が足りなかった・・・!?」

  「頑張って頑張って頑張ってきたのに、何で・・・!?」

   ・

   ・

   ・

 

  朝、起きられない。

  寝れない。

  掃除もできない。

  着替えをするのも億劫。

  お風呂にも入れない。

  夜になるとやけ食いしてしまう。

  今までできていたことができない。

それでいいんです。今は、それでいいんです。

あなたが悪いわけでも、誰が悪いというわけではないんです。

普通の人から見れば、「怠けてる」「自分に甘い」「やる気がない」「ただのわがまま」とか思われがちですが、今、あなたがここまで読んでくれてるということは、

あなたはしっかり生きている証拠です。

辛くても、怖くても、ちゃんと生きてる証拠です!

生きてるってだけで素晴らしいじゃないですか!

現実から逃げずに、戦ってる証拠です!

素晴らしいです!

 

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。

次回も読んでいただけるとうれしいです。

 

 

 

 

はじめまして。

はじめまして。

FUMIFUMIと申します。

 

日記的なことや、今までの経験などを、ずらずら~と気ままに書いていこうと思います。誤字脱字や表現がおかしい、日本語がおかしいなど、お見苦しいことも多々あるかと思いますが、読んでいただければ嬉しいです。

 

まずはじめに、『今現状のFUMIFUMIについて』と、『なぜこのブログを始めたか』をお話ししたいと思います。

 

『今現在のFUMIFUMI』は、不安障害とうつ病自律神経失調症を患っていて、通院中です。

誰にも言えず、長い間一人で抱え込んで、ある日の朝、突然体が動かなくなりました。病院に行きたくても、体が言うこと聞かない、病院の予約が全然取れない、でも、会社からは診断書が必要と急かされ、早くいかないと!っという焦りもあって、症状はどん底でした。

・・・と、まぁ、今日はこのへんで。続きは、これから書いていこうかと思います。

 

『なぜこのブログを始めたか』は、そういう心の不調で悩んでいる方や、身近な人や家族にそういう方がいらっしゃる方に、少しでも寄り添えればと、このブログを始めました。

おこがましいかもしれませんが、誰にも言えないで悩んでいる方々、当事者で悩んでいる方々が、少しでも自分は一人じゃないと思っていただければいいなと思ってます。

 

本日はここまで読んでいただいてありがとうございました。

また、読んでいただけると嬉しいです。